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横浜地方裁判所 昭和40年(ワ)945号 判決 1979年4月13日

原告

久保田添

亡久保田七雄訴訟承継人原告

久保田みや子

亡久保田七雄訴訟承継人原告

久保田昭平

亡久保田七雄訴訟承継人原告

久保田八二

右四名訴訟代理人

岡林辰雄

外二名

被告

右代表者法務大臣

古井喜実

右指定代理人

島尻寛光

外七名

被告

田口裕功

主文

一  被告らは各自、原告久保田添に対し金三五一万四八六一円、原告久保田みや子、同久保田昭平、同久保田八二に対しそれぞれ金一一七万一六二〇円、及び右各金員に対する昭和四〇年四月六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その三を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自、原告久保田添に対し金五〇〇万円、原告久保田みや子、同久保田昭平、同久保田八二に対しそれぞれ金一六六万六六六六円、及び右各金員に対する昭和四〇年四月六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

3  仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告久保田添(以下、原告らの姓は省略する。)は訴外亡久保田享一(以下、享一という。)の妻であり、原告みや子、同昭平、同八二はいずれも享一の兄弟である。

(二) 国立相模原病院は、被告国が開設しこれを経営しているものであり、被告田口裕功(以下、被告田口という。)は被告国の被用者として同病院に勤務する医師である。<以下、事実省略>

理由

一当事者に関する請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。

二本件診療の経過

1  享一が、昭和四〇年三月五日、国立相模原病院を訪れ、被告田口の診察を受けたところ、被告田口から右腎腫瘍の疑いがあると診断され、入院するよう指示されたため、享一は、即日同病院に入院したこと、同年四月五日午後四時六分、享一に対し被告田口の執刀のもとに右腎全剔手術が開始され、午後五時五分手術が終了したのち、享一は手術室から病室へ運ばれ、午後五時二五分病室へ帰つたこと、享一が、ストレツチヤーにより病室へ搬送されていたころから、顔面蒼白、冷汗多量の症状を示し、吐気を訴え、帰室後も同様の症状を呈し、血圧測定によつても血圧が著しく低下して、シヨツク状態に陥つていたこと、これに対し、被告田口が輸血措置を指示し、午後五時三五分から輸血が実施されたこと、午後七時四〇分、荻野看護婦が四本目の輸血を行うに際し、血液型O型の享一に、誤つてB型の血液を輸血したこと、午後七時五〇分不適合異型輸血の事実が発見されるに至り、直ちに輸血が中止されたこと、被告田口が享一に対しガス抜取の措置を講じたこと、享一が「背中が何か変だ。気持が悪い。」と訴えたため、宮沢婦長が調べたこと、享一が、翌六日午前一〇時四五分、前記病院において右腎剔出後の右腎動脈付近からの出血により、出血多量のため死亡したことは当事者間に争いがない。

2  そこで、更に享一の受診から死亡に至るまでの診療の経過及び被告田口のとつた措置について検討する。

右1の争いのない事実及び<証拠>を総合すると、次の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(受診から手術に至るまでの状況)

(一) 享一は、昭和四〇年三月五日、その前日に著しい血尿をみたところから、国立相模原病院泌尿器科を訪れ、被告田口の診察を受けた。被告田口は、視診触診により享一を診察したところ右腹部に腫瘤が認められ、採尿すると肉眼的血尿が明らかであつて、尿中に小血塊が多数混入している程であり、尿検査の結果においても尿中に大量の赤血球及び尿蛋白が認められた。被告田口は、その他諸検査を実施した結果、腎臓以外の泌尿器には異常所見が認められなかつたため、右腎出血の疑いがあると診断し、ウロサイダルを投与して治療を開始すると共に、享一に入院を勧め、享一は即日同病院に入院した。初診時の血圧は一三〇/七〇で正常であつた。

(二) 被告田口は、享一が入院したのち、三月三〇日までに単純写真撮影、排泄性腎盂造影、後腹膜送気法による腎盂造影、大動脈造影を順次実施し、その検査結果により右腎下極部付近に異常に発達した腫瘍が存在することが判明したため、右腎のグラウイツツ腫瘍であろうとの診断に達し、享一に対し右腎全剔手術を行うことを決定した。

(三) 三月三〇日、検査の結果認められた貧血症状に対処するため、同日から四月三日まで五日間にわたり毎日二〇〇CCの輸血を行い、更に同月一日から、術前措置として五%ブドウ糖五〇〇CCの点滴静注を毎日行つた。一方、初診時からウロサイダル及びケーワンを連続投与してきたことにより、四月初めころには肉眼的血尿は止まつていた。ところが同月二日、血液検査の結果連日の輸血にも拘らず血色素量12.5g/dl、赤血球数三五五万個/mm3という値を示し、依然貧血症状を呈していたことから、被告田口は、享一の状態は臨床経過よりみて右腎全剔手術に十分耐えうるものの、貧血症状に注意する必要があると判断した。入院後の血圧は、最高血圧が一四四ないし一二〇の範囲内、最低血圧が九〇ないし六八の範囲内にあつた。

(四) 同月五日手術当日、術前措置として午前中に五%ブドウ糖の点滴静注及び輸血二〇〇CCが行われ、浣腸が施された。同日朝の血圧は、一二六/九〇であつた。同日午後三時一五分、基礎麻酔としてラボナ二錠が投与され、オビスタン一アンプルが筋注された。その時点での血圧は、一四〇/九〇であつた。午後三時二五分、享一は病室より手術室へ移された。

(手術時の状況)

(五) 午後三時四五分ころ、生理的食塩水を使用した点滴静注を実施して血管を確保したのち、被告田口は、享一に認められた貧血症状及び術中に予想される出血に対処するため輸血措置を講じ、テラプチクを予め筋注したうえで、0.3%ペルカミンL2.5CCを使用して腰椎麻酔を行つた。午後四時六分被告田口の執刀のもとに右腎全剔手術が開始され、堀内医師及び看護婦三、四名がこれを介助した。午後五時五分、手術創部より右腎剔出後の死腔内部にゴムドレーンを挿入して創部を閉鎖し、手術を終了した。術中、右腎動脈の肉眼的所見としては、動脈瘤など動脈疾患を疑うべき病変は認められなかつた。

術中の出血量を、出血のしみ込んだガーゼの重量を計測する方法により測定すると、約一九五CCであり、通常量以下であつたのに対し、術中実施した輸血量は六〇〇ないし八〇〇CC、補液量は二〇〇ないし四〇〇CCであつた。術中、享一の一般状態には異常がなかつたが、血圧が手術開始当初の午後四時一〇分には一三〇/一〇〇であつたが、午後四時四〇分一一〇/八〇に低下したものの、午後四時五〇分には一五〇/一〇〇に回復し、午後五時五分まで同値を示した。

(六) 午後五時一五分ころ、被告田口は享一を手術台からストレツチヤーに移して経過観察を継続したが、一般状態良好であり、数分後看護婦から血圧正常との報告を受けたため、術後の経過は良好であると判断して帰室の許可を与え、享一は手術室から病室へ運ばれた。

(手術後死亡に至るまでの状況)

(七) ところが、享一は、ストレツチヤーにより病室へ搬送されていた際、にわかに顔面蒼白、冷汗多量の症状を呈し、吐気を訴え、午後五時二五分病室へ帰つた時にも同様の症状が継続して、一般状態が悪化していた。血圧は、聴診にては測定不能であつたため、触診で測定したところ、五〇であつた。荻野看護婦は、酸素吸入四lを開始したのち、加藤主任看護婦に連絡したが、加藤主任看護婦が再度血圧を測定したところ、聴診で五〇/三八であり直ちに被告田口に急報した。被告田口は、加藤主任看護婦の報告により享一の症状は手術侵襲によるシヨツクによるものであろうと判断し、措置としては輸血が必要と考え、テラプチク二アンプル、ネオシネジン0.5アンプル、デカドロン四mmgの筋注と共に輸血二〇〇CCを指示した。午後五時三五分、加藤主任看護婦は直ちに指示どおりの措置を行つたが、血圧は触診で依然五〇であつた。享一が、悪感を訴えたため、湯タンポ、湯枕を施したが、なおも寒さを訴えるためかけ布団一枚が追加された。そのころ、被告田口及び堀内医師が来診し、被告田口は、腹部とガーゼの状態を触診したが、ゴムドレーンの点検は、そのためにガーゼの除去を必要とするところこれによつて手術創部が不潔になるため、これを行わなかつた。被告田口は、更に、三本の輸血の実施を指示した。午後五時五五分、二本目の輸血二〇〇CCが接続され、午後六時血圧は触診で一二二の値を示し、脈の緊張良好で顔色も少し良くなり、一般状態が改善されつつあつた。午後六時五〇分、三本目の輸血二〇〇CCが接続されたが、午後七時、享一は再び冷汗多量の症状を示し、胸内苦痛及び腹部膨満を訴えたため、宮沢婦長は、血圧を測定して触診により一一〇の結果を得たのち、被告田口に急報した。被告田口は、享一を診察した結果腹部膨満の症状は、酸素吸入の措置を施されている享一が、酸素を嚥下してしまうため急性胃拡張を生じたことによるものと判断し、胃ゾンデ挿入による排ガス措置の実施を指示した。このころ、既に被告田口は、輸血開始後早い段階で血圧が回復してその後も維持され、みずからガーゼの状態を触診しても出血などの異常を認めなかつたことより、術後享一が陥つたシヨツクは出血が発生したことによるものではないとの結論に達していたが、慎重を期するため輸血を継続すべきであると判断し、テラプチク二アンプル、ネオシネジン一アンプル、デカドロン四mmg、ベルサンチン一アンプルの筋注のほか、輸血一本の追加及び点滴静注の指示をした。宮沢婦長は、午後七時二〇分点滴静注を開始し、午後七時三〇分享一の鼻腔より胃ゾンデを挿入したところ多量のガスが排出された。

(八) 荻野看護婦は、四本目の輸血二〇〇CCを実施するため、保存血が保管されている冷蔵庫から血液瓶を取り出したが、その際享一の姓を本田と思い違えたため、本来本田に使用する目的で同所に保管されていたB型血液瓶を取り出してしまい、午後七時四〇分、間違いに気付かないままこれを血液型O型の享一に使用して輸血を継続するに至つた。午後七時五〇分、荻野看護婦は享一の姓を取り違えていたことに気付き、直ちに送血を中止する措置を講じて堀内医師に連絡し、堀内医師は享一から輸血針を抜去した。被告田口は、堀内医師から報告を受け、直ちに病室に赴き享一を診察した。享一は、不適合輸血後も、一般状態に変化なく、意識も明瞭であり、血圧は、不適合輸血前の午後七時一五分触診で一一〇であつたのに対し、午後七時四五分一一〇/八〇、午後七時五〇分一一八/六〇、午後八時一一八/六〇、午後八時一五分一一八/五〇、午後八時三〇分一一八/五〇と変化はなかつた。そこで、被告田口は、享一に不適合異型輸血による臨床症状は認められず、又血液瓶に残存していた血液量よりすると不適合輸血量は約三〇CCにとどまることから考えて、享一に不適合輸血に起因する副作用が発生するおそれはないものと判断し、格別の措置を講ぜず、又仮に副作用が発現した場合においてもこれに対する措置として適合輸血を行うことは好ましくないと判断し、享一に対する輸血は中止し、点滴静注のみ続行することとした。

(九) その後も、享一に度々胃ゾンデ挿入による排気措置が施され、その度にガスが排出されたが、午後九時には肛門留置カテーテルが挿入され、同様ガスの排出が認められた。午後一〇時、堀内医師が導尿措置を講じたところ、術後はじめて一〇〇CCの排尿があり、マニトールが投与された。この間、血圧は、午後九時一〇四/七〇、午後九時三〇分一〇〇/五〇、午後一〇時二〇分一一〇/九〇、午後一〇時五〇分一一〇/五〇、午後一一時一〇分一〇八/七〇であつた。

(一〇) 被告田口は、四月六日午前〇時、当夜最後の昇圧剤の施用としてペルサンチン三アンプル、ネオシネジン一アンプルの筋注を指示してこれを実施させたのち、午前二時から病棟の空ベツドで午前五時まで仮眠をとり、途中午前三時、看護婦から享一の状態について報告を受け、異常なしと判断した。

(一一) この間、午前二時、看護婦が当布を点検すると血性の滲出液の浸出が認められたが、これは術後の出血量としては通常であり、更に午前四時、宮沢婦長は享一から当布がじめじめして気持が悪い旨の訴を受けたため、当布を点検してこれを交換したが、その時の当布への出血量も通常量であつた。一方、肉眼的にも享一に腹部膨満の症状が認められ、又本人のその旨の訴えもあつて、断続的に胃ゾンデ挿入による排気措置がくり返されたが、その際胃液などの分泌物の排出が認められた。血圧は、午前〇時一三〇、午前一時一三〇/八〇、午前二時一一〇/七〇、午前二時四五分一一八/五八、午前三時一一〇/六〇、午前三時三〇分一一八/八〇、午前四時三〇分一〇八/七〇の値を示した。

(一二) 被告田口は、仮眠から起床した直後の午前五時と午前五時三〇分ころとの二回にわたつて享一を診察したが、異常がないと判断して帰宅した。血圧は、午前五時一〇四/七〇、午前五時四五分一〇四/七〇、年前六時三〇分一〇四/七〇、午前六時四〇分一〇八/七〇の値を示した。

(一三) 午前七時、堀内医師は享一の包帯交換を実施したが、ガーゼにはゴムドレーンを中心として血性の滲出液の浸出があり全体がしめつた状態になつていたものの、ガーゼへの出血量は異常なものではなかつた。その際、堀内医師は、ピストンを用いてゴムドレーンの吸引を試みたが血液の吸引はなかつた。午前七時五〇分、享一が自分で排尿したいので留置カテーテルを取り除いて欲しい旨訴えたので、これが除去され、午前八時五分、享一はみずから排尿を試みたが排泄されなかつた。その後、午前八時三〇分、堀内医師が導尿措置を施したところ、約一〇CCの排尿があつた。この間、血圧は、午前七時一〇四/七〇、午前七時三〇分一一〇/九〇、午前七時四五分一一四/八〇、年前九時三〇分一〇四の値を示した。

(一四) ところが、午前一〇時、血圧は一〇八/八〇であつたが脈搏数が一一六となつたのち、午前一〇時一〇分、突然享一は危篤状態に陥り、チアノーゼ、呼吸困難、瞳孔散大、脈搏微弱、苦悶などの症状を呈したため、直ちに堀内医師にその旨の急報がなされ、その指示によりネオシネジン0.5アンプル、ペルサンチン一アンプルの筋注がなされた。午前一〇時二〇分、来診した堀内医師が享一を診察したが、意識喪失し、脈が極微弱化し、下顎呼吸がはじまつた。その後も各種強心剤が連続的に筋注されたが、午前一〇時三五分、チエーンストークス型呼吸がはじまつたのち、呼吸が停止し、これに対し直ちに人工呼吸が開始されたものの、午前一〇時四五分享一の死亡が確認された。

三本件出血の原因及び発生時期

1  本件出血の原因について

享一の死因が右腎全剔後の右腎動脈付近からの出血による失血であることは前記二、1のとおり当事者間に争いがないところ、更に右出血の原因について検討することとする。

<証拠>を総合すると、享一の死体の状況に関し次の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  全身の皮膚は蒼白で、死斑の発現は淡く、心臓、肺臓、肝臓、脾臓など胸腹腔臓器に含有される血液量は著しく少ないこと。

(二)  腹部は膨満し、硬度は硬く、右側腹部に手術創が存在するほかには、他に外部的異常所見は認められないこと。

(三)  腹腔内に約五〇〇CCの流動性血液が貯留しており、このため大網膜は上方にまくれ上つていること。

(四)  右胸腔内背部に四〇〇CCの流動性血液が貯留していること。

(五)  右腎剔出後の死腔内に一部流動性血液を含む軟凝性血液三〇〇〇gが貯留しており、この後腹腔内における大量の血液のため後腹膜は腹腔内に膨隆していること。

(六)  右腎動脈は、腹部大動脈との分岐部から断端部に向け、長さ三cmのところで結紮され、長さ4.5cmのところで切断されているが、この腎動脈を縦に切開して動脈壁を肉眼的に観察すると、右動脈壁は分岐部より長さ二cmの部分から結紮部にかけて菲薄であり、更に結紮部から断端部にかけて著しく菲薄であること。

(七)  右腎動脈から、その動脈壁に菲薄化が認められない部分より結紮部を越えて著しく菲薄化した部分に至るまで、長軸方向に一部組織片を採取して、これを顕微鏡により精査すると、右腎動脈壁は、腹部大動脈側においては外膜、中膜、内膜の三層より正常に形成されているものの、これに対し断端部側においては中腹が先天的に欠損し、代償的に外膜が肥厚分離している病変が認められ、更に中膜欠損部の外膜に多量の白血球浸潤が認められること。

(八)  前項記載の組織学的所見よりして、結紮部を介在させて長さ約2.5cmにわたつて認められる前記菲薄化部分は全体的に中膜が欠損しているものと認められるところ、この先天的中膜欠損部を肉眼的に観察しても出血部位を明示する破綻孔は発見できず、又前記切片を検鏡しても破綻孔は認められなかつたこと。

(九)  右腎全剔手術時に、右腎動脈及び右腎周囲を走行する大小血管に対して行われた結紮は、いずれも完全になされていたこと。

(一〇)  右腎剔出後の周囲組織を肉眼的、組織学的に精査しても、右腎より周囲組織への腫瘍の転位は認められなかつたこと。

(一一)  胸腹腔内の内臓諸器には疾患など特記すべき所見は認められず、本件出血の原因となるべき損傷ないし疾患は認められないこと。

右認定事実に、前記二、2の認定事実をあわせ考察すると、本件大量出血は、右腎剔出後の右腎動脈中膜欠損部に、右腎全剔手術において行われた右腎動脈結紮により右動脈内に血圧変化が生ずるなどなんらかの理由によつて、死体解剖時の剖見によつては肉眼的に発見不能な程度の破綻孔を生じ、この破綻孔より発生するに至つたものであると推認することができる。

2  本件出血の発生時期について

そこで、進んで本件出血の発生期について検討することとする。

(一)  <証拠>によると、次の事実が認められる。

(1) シヨツクは、一般に有効循環血液量の変化を伴わず血管収縮の阻害を中心機序として成立する一次性シヨツクと、有効循環血液量の減少を中心機序として成立する二次性シヨツクに区分されるが、神経性シヨツクは一次性シヨツク、出血性シヨツクは二次性シヨツクにそれぞれ属する。

(2) 神経性シヨツクと出血性シヨツクは、シヨツク時に現われる臨床症状がほとんど同じであるため、臨床症状によつて右両シヨツクの鑑別診断を行うことは一般に困難であるが、出血性シヨツクの場合には脈博数が増加するのに対し、神経性シヨツクの場合には脈搏数が減少するのが普通であること、神経性シヨツクの場合には患者を寝かせておくことにより自然にシヨツク状態が改善されるのに対し、出血性シヨツクの場合には治療措置を必要不可欠とすることにおいて、わずかに両シヨツクの間に差異を認めることができる。

(3) 出血性シヨツクにおいては、症状として顔面蒼白、冷汗、冷感、不安、興奮、血圧低下、細少頻脈、脈圧減少、尿量減少などが認められる。

(4) 出血が発生した場合、その出血量がどの程度に至つた時にシヨツク症状が発現し、更にその後右シヨツク症状がどのように進展して行くのかについては、貧血症状の有無など出血時の患者の状態、出血の速度、出血に対する治療の有無、適否など諸条件によつて左右されるため、一義的な対応関係を明らかにすることは困難である。

しかしながら、一般には、出血に対し治療が行われなかつた場合について次のようにいわれている。

シヨツク症状発現に至る出血量の限界に関しては、これを循環血液量の三〇%とする見解もあるが、むしろ一七ないし二〇%程度であるとする見解もある。前者の見解も、出血量が三〇%以下の場合においても、自覚、他覚症状において三〇%以上の場合と同様の症状を呈するが、代償作用のため血圧に変化は現われないとする。

出血量の増加に伴うシヨツク症状の進展に関しては、この点についても成書によつて見解の相違が認められ、一つの見解によると、出血量が循環血液量の一五ないし二五%(七五〇ないし一二五〇CC)になると軽症のシヨツク状態となつて、血圧低下(軽度)、頻脈(軽度)、冷感を示し、二五ないし三五%(一二五〇ないし一七五〇CC)になると中等症のシヨツク状態となつて、血圧低下(最高血圧九〇ないし一〇〇mmHg)、脈圧減少、頻脈(毎分一〇〇ないし一二〇)、不穏、冷汗、蒼白、乏尿を示し、五〇%(二五〇〇CC)にまでなると重症のシヨツク状態となつて、血圧低下(六〇ないし〇mmHg)、頻脈(一二〇以上)、昏酔、強度の皮膚蒼白、四肢の冷感、無尿を示すとする。又、別の見解によると、出血量が三〇ないし三五%(一五〇〇ないし一七五〇CC)になるとシヨツク状態が顕在性のものとなり、血圧低下(九〇ないし七〇mmHg)、不穏、蒼白、口唇、爪褪色、著明な頻脈、弱脈を示し、三五ないし四〇%(一七五〇ないし二〇〇〇CC)になると重症のシヨツク状態となつて、血圧低下(七〇ないし五〇mmHg)、極度蒼白、チアノーゼ、意気銷沈、虚脱、反射低下を示し、四〇ないし五〇%(二〇〇〇ないし二五〇〇CC)にまでなると危篤シヨツク状態となつて、血圧低下(四〇ないし〇mmHg)、斑点状チアノーゼ、虚脱、昏酔様、下顎呼吸を示して危篤状態となり致死度が高いとする。

(二) 右認定事実に前記二及び三、1の認定事実をあわせ考察すると、次の理由により、本件出血は、享一に対する右腎全剔手術が終了したころ発生したものと認めることができる。

(1) 血圧の推移について検討してみると、入院時から手術当日手術開始前までの血圧は、最高血圧が一四四ないし一二〇の範囲内、最低血圧が九〇ないし六八の範囲内にあつたところ、手術中の血圧は、午後四時四〇分一時一一〇/八〇に低下したが、一〇分後の午後四時五〇分には一五〇/一〇〇に回復し、手術終了時の午後五時五分まで同値を示していた。ところが、それからわずか二〇分後の午後五時二五分に、触診で五〇、聴診で五〇/三八と急激に低下し、そのためこれに対する措置として昇圧剤の投与及び輸血が行われた結果、午後六時に触診で一二二に上昇し、最高血圧はその後四月六日午前一〇時まで一〇〇台を維持するものの、この間強心剤を投与したのち約一時間前後の間は最高血圧が上昇若くは維持されるが、その後再び低下する傾向が認められ、特に四月六日午前〇時に当夜最後の強心剤が投与されたのちは、午前一〇時に至るまで最高血圧が徐々に逓減して行く傾向が認められる。

(2) 一般状態の変化についてみると、四月五日午後五時二五分ころ明瞭なシヨツク症状を呈したのち、昇圧剤の投与及び輸血が行われたことにより、午後六時ころ一般状態改善の兆しが現われたものの、午後六時五〇分に三本目の輸血を実施したのちにおいても、午後七時に再び胸内苦痛及び冷汗多量の症状を示している。

(3) 四月五日午後七時ころから、享一は腹部膨満を訴えはじめ、肉眼的にも右症状が認められたため、胃ゾンデ及び肛門留置カテーテル挿入による排気措置がくり返し講じられたが、これにも拘らず、四月六日午前一〇時ころに至るまで右症状が存続していたことが認められる。確かに、四月五日午後五時二五分から酸素吸入措置が継続的に施行されていた享一について、前記排気措置を講じる度にガスの排出が認められたことよりすれば、享一の腹部膨満症状の発生には、享一が右酸素吸入によつて与えられた酸素を嚥下したことも一因となつていることを否定することはできないが、死体解剖時に認められた前記1、(二)に認定の顕著な腹部膨満症状に鑑みると、四月五日午後七時ころから発生し、その後死亡するに至るまで遂に消退することがなかつた腹部膨満症状は、右酸素の嚥下と相まつて本件出血に起因するものであると推認せざるをえない。

(4) 尿量について検討してみると、四月五日午後一〇時に一〇〇CCの排尿があるまで、術後約五時間にわたつて排尿がなかつたものであるが、午後一〇時以降においても、既にそのころには血圧も回復し、又利尿剤が投与されたことに伴つて四月六日午前〇時三〇分に一〇〇CC、午前二時一五分に一〇〇CC、午前三時に一〇〇CCの排尿があつたものの、それ以後再び貧尿症状が現われ、午前八時三〇分の約一〇CCの排尿を除いては死亡に至るまで排尿がなく、前掲甲第八号証によると、死体解剖時膀胱内に約一〇〇CCの尿が残留していたのみである。

(5) 被告らは、本件出血は四月六日午前七時四五分ころから午前一〇時ころまでの間の一時点において発生したものであると主張する。

しかしながら、前記(一)、(4)に認定の出血性シヨツクの発現及び進展過程に鑑みると、一般に出血性シヨツクは、出血量がシヨツク症状発現の限界量を越えた時点で出血性シヨツク症状のうちまず軽度の症状が現われ、その後出血量の増加に伴つて次第に重度の症状へ進行するものと考えられるところ、本件においては、前記二、2に認定のとおり、四月五日午後五時二五分ころ発生したシヨツク状態がその後改善されて午後八時ころより安定を保つようになつてより以降、翌六日午前一〇時ころに至るまでの間において、他に出血の発生を認めるに足りる徴候は何ら発現していないのに対し、右午前一〇時ころ再度シヨツク症状が現われはじめてよりのちは、前記二、2、(一四)に認定のとおり、午前一〇時一〇分には既にチアノーゼ、呼吸困難などの症状を呈して急速に危篤状態に陥り、強心剤などを連続投与したにも拘らず、午前一〇時三五分に呼吸停止となり、容態の改善を見ないまま、右シヨツク症状の発現よりわずか四五分後の午前一〇時四五分に死亡するに至つているものであるから、結局、被告ら主張のように本件出血が四月六日午前一〇時以前のこれに近接した時点で突発的に発生したと認めることは相当でなく、むしろ、本件出血は右腎全剔手術が終了したころに発生し、その直後にこれに起因してシヨツク症状が発現したが、これに対し直ちに各種昇圧剤の投与及び輸血の実施などの措置が採られたため、血圧及び一般状態は早期に改善されるに至り、その後もほぼ安定した経過を辿つたものの、出血が依然持続していた結果、容態は次第に悪化の方向に向い、四月六日午前一〇時ころを境にして一挙に危篤状態に陥り死の転帰をとるに至つたものと認めるのが合理的である。

(6) これに対し、被告らは、もし本件出血が四月五日午後五時二五分の時点で既に生じていたとすれば、血圧がわずか二〇〇ないし三〇〇CCの輸血により午後六時触診で一二二、午後七時四五分聴診で一一〇/八〇と、短時間のうちに正常値の範囲内に復元し、その後も四月六日年前一〇時ころに至るまで正常に維持されていたはずはなく、ましてその間享一のように意識が明瞭でありえたはずはない旨主張する。

しかしながら、享一には、シヨツク症状に対して行われた対症措置に先立つて、前記二、2に認定のとおり、手術前において三月三〇日から五日間にわたつて連日二〇〇CC宛の輸血が施されていたことに加え、手術当日の四月五日更に、術前に輸血二〇〇CC及び点滴静注、術中に輸血六〇〇ないし八〇〇CC(但し、前記二、2、(五)に認定のとおり、術中少くとも約一九五CCの出血が認められた。)及び点滴静注二〇〇ないし四〇〇CCが施されたのであるから、右一連の輸血及び輸液の効果が、シヨツク症状が発現した同日午後五時二五分ころにおいても残存していたものと認めることは十分可能であつて、その後午後五時三五分から午後七時四〇分の間に実施された輸血六〇〇CC及び午後七時二〇分から開始された点滴静注と各種昇圧剤の投与が、右残存効果と相まつて、享一の血圧及び一般状態の回復反応を比較的早期に惹起せしめ、その後も、輸血中止以降においても継続して行われた点滴静注及び各種昇圧剤の投与を加えて引き続き享一の血圧及び一般状態の安定を保つことに寄与したものと推認することができる。そして、前記1に認定の本件出血部位によれば、本件出血は極く微細な出血点より発生したことを窺いうるのであるから、発生後じわじわと持続した出血により死亡時において腹腔、後腹腔及び胸腔内に約三九〇〇CCに及ぶ大量出血(但し、この中には腎周囲組織からの滲出液も含まれているのであつて、右量のうちの血液量は本件全証拠によるも確定することはできない。)があつたにも拘らず、享一は、右一連の治療措置により、翌六日午前一〇時ころに至るまで血圧状態を保ちえたものということができる。更に、被告らは、享一の意織がその間明瞭であつたことを問題とするが、前記2、(一)、(4)の認定事実によると、出血性シヨツクにおいて患者が意識を喪失し昏酔状態に陥るのはシヨツク症状が進行して出血量が五〇%程度に至つた段階であるとされており、<証拠>によると右段階に至るまで患者の意識が明瞭な場合が多いことが認められる。以上によれば、被告ら主張にかかる享一の各血圧の値が被告ら主張のとおり正常値の範囲内に属するとしても、被告ら主張の経過は前記認定の妨げとならない。

(7) 次に、被告らは、死体解剖時において享一の手術創部を覆つていたガーゼに血液の滲出に基づく血液斑の存在が認められたが、右ガーゼは四月六日午前七時に堀内医師がガーゼ交換をしたのちのものであることよりすれば、右血液斑の存在は、享一の手術創部から体内に挿入されていたゴムドレーンがガーゼ交換時まで正常に作動し、かつガーゼ交換の際右ゴムドレーンによつても出血が確認されなかつたことを意味するから、本件出血が右時点以前に発生したものでないことの証左となると主張する。

確かに、<証拠>によると、享一の死体の右脇腹部の手術創を覆うガーゼには、ゴムドレーンを中心として直径約一〇センチメートル程度のほぼ円型をした血液斑が認められるが、しかしながら、前記1に認定のとおり、享一の腹腔、後腹腔及び胸腔内に約三九〇〇CCに及ぶ大量出血があつたにも拘らず、ゴムドレーンを通じて右程度の血液斑が生じたに過ぎないことは、即ち、ゴムドレーンが、<証拠>により認められるゴムドレーン開口部の貯留凝血による閉塞あるいは組織に覆われたことによる閉塞などのなんらかの障害によつて、通常の機能を減殺され、その程度にしか作動していなかつたことを示しているものというべく、本件においては、以上のような事情が存在していたため、大量出血があつたにも拘らず、前記二、2に認定のとおり、当布及びガーゼへの出血量が腎臓剔出手術後の後出血として通常量であるにとどまり、又堀内医師が施行したゴムドレーンの吸引措置によつても血液の吸引を認めなかつたものということができる。従つて、被告ら主張の右事実は前記認定の妨げとならない。

他に、前記認定を覆すに足りる証拠はない。

四被告らの責任

1  <証拠>によると、次の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  外科手術終了直後に、患者がシヨツク症状を呈した場合には、出血の発生に最も注意する必要がある。この場合、シヨツク症状は様々な原因により発生するものであるから、当該シヨツク症状が出血の発生に起因するものであるか否かを鑑別するため、血圧、脈搏数、尿量を継続的に測定し、患者の臨床症状の観察に努めると共に、適宜、(イ)手術創部より体内にドレーンを挿入してある場合には、ドレーンの吸引措置、(ロ)単純レントゲン写真撮影、(ハ)腹腔穿刺などの方法により直接腹腔内出血の有無を確認する。但し、ドレーンは、体腔内への開口部が貯留している凝血によりつまつたり、組織に覆われて閉塞する事態があるので、出血の有無及び出血量を判断するにあたり注意しなければならない。

(二)  シヨツク症状が軽度の場合若しくはシヨツク症状の発現が未だ初期の段階にある場合においては、却つて、出血の有無の確定診断が困難となる場合があり、このためシヨツクは進展しつつあるにも拘らず事態を軽視した結果これを看過し、出血に対する早期治療の時期を失することがあるので、診察にあたり十分な注意を怠つてはならない。

(三)  出血性シヨツクに陥つた患者に対しては、まず対症措置を優先してこれを緊急に実施する必要がある。出血性シヨツクは、循環血液量の減少を基盤として発生するものであるから、出血による循環血液量の喪失に対し輸血によつて不足血液量を補給することが最も有効な治療措置であるということができ、従つて、この場合まず血管を確保し、可能な限り早期に輸血を実施する。一般に、出血量が循環血液量の二〇%以上に至る急速な出血がある場合に輸血が必要となり、出血量が二五ないし三五%で早期に輸血を行う必要があり、三五%以上に達すると直ちに処置を講じないと死亡に至るとされている。輸血量は、出血量との相関関係において決定されるが、一般に臨床症状から認められる推定出血量の1.2ないし1.5倍が適切であるとされ、輸血により患者がシヨツク状態から早期に離脱することを目標とする。輸血による回復反応は、患者の状態によつて相異し、又個人差も認められるが、血圧が低い限り輸血を継続しなければならない。血圧を指標とした場合の輸血必要量及び輸血速度は、血圧九〇mmHgにおいて一時間以内に五〇〇CC、同八〇mmHgにおいて一時間以内に一〇〇〇CC、同六〇mmHgにおいて一時間以内に一五〇〇CC、更に低下した四〇mmHgにおいて三〇分以内に一五〇〇CC、血圧測定不能の場合において三〇分以内に二〇〇〇CCとされている。

輸血のほか、シヨツクに対する一般措置として、酸素吸入、四肢末端の保温などの措置を講ずる。

(四)  以上の対症措置を施したのち、引き続き出血の有無を鑑別するため血液検査、尿検査など各種検査を行い、患者の経過を観察する。この場合、尿量が循環磯能の判定に重要であるため、尿道カテーテルを挿入して一時間毎の尿量が測定できるようにし、一時間に五〇CCの排尿があることを目標として治療を行う。

(五)  出血性シヨツクに対しては、前記(三)に認定の喪失血液の補給と共に、出血源を探知して止血措置を講ずることが基本的な治療法である。この場合、腹腔内出血と診断したのち、原則として輸血、輸液などによりシヨツク症状が改善された以後において開腹手術を行うが、例外として一〇〇〇ないし一五〇〇CCの急速輸血を行つても回復反応が認められない場合、又二四時間以内に二〇〇〇ないし二五〇〇CCの輸血を行つても血圧が維持できない場合は、血圧を少くとも八〇mmHgに保持して早急に開腹手術を行う。開腹により腹腔内に出血の存在を確認したのち、貯留している血液を吸引排除し、更に新鮮血を認める場合にはこれをたどつて出血点を精査する。止血方法は、出血点を結紮することにより止血するが、結紮しえない場合は電気凝固による止血を行い、以上いずれの方法もとりえない場合は、ガーゼタンポンなどを使用して圧迫により止血する。

(六)  外科患者に対する術後の管理において出血は最も重要な問題であつて、臨床医家は、出血の有無を迅速且つ的確に診断し、出血に対し適切な治療措置をとりえなければならない。

2  右認定事実に鑑み、被告田口の過失の有無につき判断する。

本件では、右腎全剔手術終了直後において、患者の血圧が急激に下降して一般状態が著しく悪化したのであるから、手術患者の術後の状態を管理する医師としては、当然右手術に起因して出血が発生した事態を予測し、患者が陥つているシヨツク状態に対し緊急に対症措置の実施に努めると共に、右シヨツク状態が出血に基づいて生起したものであるか否かを迅速に究明すべく、しかも、この場合患者の臨床症状において出血性シヨツクを他の原因によるシヨツクと直ちに判然区別するのは困難であり、シヨツク発現の初期の段階では出血の把握が困難なためこれを看過するに至ることもありうるのであるから、適宜、ドレーンの吸引措置、単純レントゲン写真撮影、腹腔穿刺、縫合糸を一部はずして内部の出血の有無を調べるなどの直接的な鑑別措置を講ずることにより出血を的確に発見し、これに対する適切な治療を行うべき注意義務があるものというべきである。

以上に従い、本件を検討してみると、前記二、2に認定のとおり、享一は右腎全剔手術終了直後である四月五日午後五時二五分前後において、病室へ搬送される途中から突然一般状態悪化の様相を呈し、帰室時において最高血圧も五〇に低下する状態にあつたものであり、以上の症状は、前記三、2、(二)に判示のとおり、既に手術終了時ころ発生するに至つていた本件出血により招来されたものであると認められるところ、被告田口は、右シヨツク症状に対して直ちに実施した昇圧剤の投与及び輸血措置により享一の血圧が比較的早期に回復し一般状態の改善をみたことから、右シヨツクは出血に起因するものではなく手術侵襲によるものに過ぎないと速断して、それ以上出血の有無を直接確認するための前記鑑別措置を講ずることをせず、その後においても、本件出血は依然持続していたにも拘らず、被告田口は、享一の血圧及び一般状態が安定を保ち、当布及びガーゼへの出血量が腎臓剔出手術後の後出血として通常量にとどまるものであつたことより、出血はないとの前記診断に疑いを差し挾まずに終始し、結局本件出血を把握するに至らなかつたものであり、被告田口には前示注意義務を怠つた過失があると認めるのが相当である。

3 そこで、進んで因果関係の有無につき検討すると、<証拠>によると、本件のように右腎剔出後の右腎動脈残部から出血が発生した場合においても、前記1に認定の止血措置を併用して行うことによりこれを止血することは可能であることが認められ、しかも前記二、2に認定の本件診療の経過によると、享一にシヨツク症状が発現した四月五日午後五時二五分前後から容態が急変するに至つた翌六日午前一〇時までの間享一に対し開腹手術を再施して適切な止血措置を講じうる十分な時間的余裕があつたものと認められるのであるから、被告田口において、前示注意義務に従い、出血の有無の確認方法としてより確度の高い前記鑑別措置を遅滞なく実施していれば、容易に本件出血を把握して、これに対する適切な止血措置を講ずることができ、ひいては享一の死の結果を回避することができたものというべく、以上の事実関係よりすれば被告田口の前示過失と享一の死亡との間には相当因果関係があるということができる。

4 そして、被告国が被告田口の使用者であることは当事者間に争いがなく、前記二、2の認定事実によると、本件医療事故は、被告国の事業として行われた被告田口の享一に対する本件診療の過程において発生したものであることが明らかであるから、その余の判断をなすまでもなく、被告田口は民法第七〇九条に基づき、被告国は同法第七一五条に基づき、それぞれ連帯して、享一の死亡に基づく損害を賠償すべき責任がある。

五損害

1  享一の逸失利益

(一)  <証拠>によると、享一は大正五年一月八日に出生し死亡当時四九歳であつたことが認められ、四九歳の男子の平均余命は厚生省第一二回生命表によると23.84年であることは当裁判所に顕著であるところ、<証拠>によると、享一は、玉塚証券株式会社(但し、現在の商号は新日本証券株式会社)に検査役として勤務し、五五歳の定年後も嘱託として六〇歳に至るまで稼働することが可能であつたものと認めることができる。

ところで、被告らは、享一が罹患していたグラウイツツ腫瘍は腎臓剔出手術により治療を施しても、なお生存率は、統計上概ね罹病後三年生存率五〇%、五年生存率三五ないし四〇%、一〇年生存率二〇ないし二五%にとどまるとされていることに鑑みると、今後少くとも一一年間余命を保ちうることを前提として逸失利益を算出することは失当である旨主張する。しかしながら、<証拠>によると、腎腫瘍患者の予後は腫瘍の大小と関係があり、転位の有無もこれに影響を有するとされているところ、前掲<証拠>によると、享一の剔除腎は約三〇〇gであつて腎腫瘍患者の剔除腎としては軽く、しかも前記三、1、(一〇)に認定のとおり右腎から周囲組織への腫瘍の転位は存在しなかつたことが認められることに鑑みれば、享一は、今後少くとも嘱託の終了時である六〇歳に至るまで余命を保ちうるものと認められるから、享一が右疾病に罹患していた事情を斟酌して稼働可能期間に限定を加えるべきものではない。

(二)  <証拠>によると、享一は、本件医療事故当時前記会社から月額金七万一六〇〇円の給与及び年額金三一万五〇〇〇円の賞与を得ていたことが認められ、享一の生活費は右収入額の五割をもつて相当とすると解されるから右収入額からこれを控除すると、享一の年間純収入は金五八万七一〇〇円となり、従つて月間純収入は金四万八九二五円となる。

ところで、原告らは、将来の昇給分について前記会社における年間平均昇給率は一〇%であるからこれを収入算定の基礎に加えるべきであるとし、別紙計算書1記載の逸失利益を主張するが、右主張事実を認めるに足りる的確な証拠はない。

そこで、まず享一は定年に至るまで少くとも五年九か月間稼働することが可能であつたものであるから、前記月間純収入に従い、定年に至るまでの期間の総収入から、年五分の中間利息を月毎複式ホフマン方式により控除すると、死亡時における右期間中の逸失利益の現価は金二九六万一七七二円(円未満切捨)となる(以上の算式は、別紙計算書2、(一)記載のとおりである。)。次に、前掲各証拠によると、前記会社においては嘱託に対する給与として定年退職時における基本給の八割に相当する額が支給される扱いであるから、享一は、五年間にわたる嘱託期間中少くとも月額金五万七二八〇円の給与を受けることができたものと認められ、右収入額から前同率の割合による生活費を控除すると、享一の月間純収入は金二万八六四〇円となる。そこで、右月間純収入に従い、嘱託期間中の総収入から年五分の中間利息を前同様の計算方法により控除すると、死亡時における右期間中の逸失利益の現価は金一二一万七九五〇円(円未満切捨)となる(以上の算式は、別紙計算書2、(二)記載のとおりである。)。従つて、結局享一の逸失利益現価の総額は、前示各期間中の逸失利益現価の合計額金四一七万九七二二円であり、享一は被告ら各自に対し、右同額の損害賠償請求権を取得したものと認められる。

(三)  これに対し、被告らは、享一は、本件医療事故がなくとも同人が当時既に罹患していたグラウイツツ腫瘍に対する右腎全剔手術により一側の腎臓を喪失したものであり、その身体障害の程度は、自動車損害賠償保障法施行令第二条別表の後遺障害等級表によれば第八級に該当し、右第八級は、労働基準監督局長通牒昭和三二年七月二日基発第五五一号別表の労働能力喪失率表によれば労働能力喪失率一〇〇分の四五とされているから、逸失利益の算定にあたつては、当然以上の事情が減額事由として斟酌されるべきであると主張する。しかしながら、腎臓は代償能力が強いため、一側の腎臓を喪失しても日常生活に支障を生じないものとされているところ、前記1、(一)に認定したとおり、享一の腎腫瘍は未だ比較的初期の段階にあつてその進行度は低く、周囲組織への転移も認められなかつたことに鑑みれば、本件において享一の逸失利益を算定するに際し、被告ら主張の事情を減額事由として斟酌するのは相当でないというべきである。

2  享一の損害賠償請求権の相続

原告添が享一の配偶者であること、七雄が享一の父であることは当事者間に争いがないから、右両名は、享一の死亡により、法定相続分に従い、前示逸失利益額の二分の一に相当する金二〇八万九八六一円の損害賠償請求権をそれぞれ相続したことになる。

3  葬儀費用

<証拠>によると、原告添及び七雄は、葬儀費用として各自金一二万五〇〇〇円を支出したことが認められるところ、前記1、(一)及び(二)に認定の享一の社会的地位、死亡時の年齢、収入などよりすれば、右額は享一の死亡と相当因果関係に立つ損害であるということができる。

4  調査費用

原告らは、原告添及び七雄は、享一の死因究明のため必要不可欠な調査を行い、その費用として各自金二万五〇〇〇円を支出した旨主張するが、右主張事実を認めるに足りる的確な証拠はない。

5  弁護士費用

<証拠>によると、原告添及び七雄は、本件訴訟の追行を原告訴訟代理人に委任して各自金二万五〇〇〇円を支払い、第一審判決言渡日に各自右着手金を加えて訴額の五分に充つる金員を支払う旨約したことが認められるが、本件事案の難易度、審理に要した期間、認容額など諸般の事情を考慮すると、右両名が本件医療事故による損害として求めうる弁護士費用は、各自金三〇万円が相当である。

6  原告添及び七雄の慰謝料

<証拠>によると、原告添は、昭和二〇年に享一と結婚して以来二〇年の長きにわたつて苦楽を共にしてきた伴侶を、本件事故により突然失つたものであり、又、七雄は、大正五年に享一が出生したのち最愛の情をもつて育て上げた長男に、本件事故により突然先立たれたものであつて、いずれも計り知れない精神的苦痛を受けたものというべきであり、このほか本件診療の経過、過失の態様など諸般の事情に鑑みると、これを慰謝するためには各金一〇〇万円をもつて相当と認める。

7  七雄の損害賠償請求権の相続

以上により、七雄は被告ら各自に対し、前記2、3、5、6の合計金三五一万四八六一円の損害賠償請求権を有していたと認められるところ、七雄が昭和四八年一二月八日死亡したこと、原告みや子、同昭平、同八二が、いずれも七雄の子であることは当事者間に争いがないから、右原告らは、享一の死亡により、法定相続分に従い、右額の各三分の一に相当する金一一七万一六二〇円(円未満切捨)宛右請求権をそれぞれ相続したことになる。

六結論

以上の事実によれば、被告らは各自、原告添に対し前記2、3、5、6の合計金三五一万四八六一円、原告みや子、同昭平、同八二に対しそれぞれ金一一七万一六二〇円、及び右各金員に対する本件不法行為により享一が死亡した日である昭和四〇年四月六日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるというべきである。

よつて、原告らの本訴請求は、右の限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を適用し、仮執行の宣言の申立については相当でないと認め、これを却下することとして、主文のとおり判決する。

(安井章 日高千之 岩田眞)

別紙計算書1、2<省略>

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